おそらく、日本近代文学史上もっとも有名な虫歯だろう。
夏目漱石著『吾輩は猫である』第2章の水島寒月の登場シーンにこうある。
見るときょうは前歯が1枚欠けている。「君歯をどうしたのかね」と主人は問題を転じた。
「ええじつはある所で椎茸を食いましてね」「何を食ったって?」
「その少し椎茸の傘を前歯でかみ切ろうとしたらぽろりと歯が欠けましたよ」
「椎茸で前歯が欠けるなんざ、なんだかじじい臭いね。俳句にはなるかもしれないが、恋にはならんようだな」と
平手で吾輩の頭を軽くたたく。
水島寒月は寺田寅彦をモデルにしている。
前歯部のウ蝕のエピソードは実際のことで、漱石に話すと大笑いされたと後年、寅彦自身のエッセイで明かしている。当時28歳。東大理学部の講師だった。
俳句にはなるかもしれないが、とある。よ~し創ってみよう。
小林一茶の句に「寒月や 喰ひつきさうな 鬼瓦」がある。
これをもじり 「寒月や 喰いついたら 前歯欠け」
子規の句に「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」がある。
これをもじり「椎食えば 歯が欠けるなり 寒の月」